2013年6月12日水曜日

「なるほどの対話」


河合隼雄さんと吉本ばななさんの対話集。
(このころはまだ筆名が吉本ばなな)
どちらも好きな方なので、きっと面白い話が繰り広げられているはず、
と図書館でパラパラ立ち読みしていたら、
冒頭のところでびっくりすることが書いてあったので、
急いで借りて帰って読みました。

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(引用)
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吉本:(中略)
高校のときは本当に暗かったです。寝てばっかりいました。自分でも「よくあれだけ寝られたな」と思うほどです。

河合:どの程度、寝ました?

吉本:それはそれはすごいですよ。学校に行っても、ずーっとずーっと寝てるんです。作家になってから高校のときの先生が「高校のときの吉本さんはどうでした?」って訊かれて、「吉本さんのことで覚えているのはココ(頭頂部)だけだ」って(笑)。あれだけの眠気がどこから来たのか、ちょっとわからないです。

(中略)

学校から帰る間はかろうじて起きていて、帰ったらまた寝ちゃうんですよね。で、ご飯食べてまた寝て、夜また寝るんです。

(中略)

河合:外界で起こっていることが、吉本さんの内界で起こっていることとまったく違うから、それはおそらく、拒絶するより仕方なかったんでしょう。

(中略)

ぼくはよく「さなぎの時代」と言うんだけれど、まさにそれですね。なかではすごく変わっているわけだけど。

(p16)
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いやはや、まったく私の高校時代、そのまんまでした。
私も寝てばかりいた。
食べて寝て、食べて寝て。
学校には一応行くのだけど、時間通りに辿り着けない。
いつも遅刻していて、3年間で300回ぐらい遅刻しました。
あとは、出たい授業だけ出る、というちょっと考えられないこともしていて、
午後から行くとか、
午前の授業だけ出て、午後から帰るとか。
それもバスと電車を乗り継いでいく学校から、徒歩で帰ってみるとか。
湖をぼーっと見ながら読書してるとか。
それで欠課も150回ぐらいだった。
それでもあまり親にも先生にも怒られなくて、放っておかれたのが本当によかった。
ばななさんのエピソードを読んで、そういうことだったのか、と長年の謎が解けました。


他に印象的だったところを挙げてみました。

・日本では女性の作家の立ち位置が難しいという話題。
ドイツ在住で、日本語とドイツ語で小説を書いている多和田葉子さんのエッセイにも似たような話があった。(P96)

・「自分は普通に生きている」と思っている人たちの圧力から外れたときに、
もう一度そこへ戻ることの大変さのことも、すごく共感できた。
その難しさがあるときに、「社会に復帰することを目標にして、
そのために自分を殺したら意味がない」と河合さん (p108)

・「時代精神に合う人生を送る巡り合わせの人はいる。その人はそういうパターンにうまくハマっているだけだから“軽薄”、“表面的”と腹を立てる必要はない」
これは私の中にもあった怒り。なるほど、と納得。(P112)

・「クリエイティビティのある人だけで一緒にいると、みんな疲れてしまう。あまりにも笑いすぎたり、とにかくエネルギーを使いすぎる。空間が密になりすぎて、みんなが研ぎ澄まされちゃって、鈍さがない。少数精鋭のグループは絶対ダメ。精鋭でない人が混じっているからだいたいうまいこといく。ぼやぼやしている人も必要。ただし役割をわきまえずに自分もクリエイティブだと錯覚を起こすと、悲劇が起こる。」
これ、本当にすごくわかるなぁと思わず苦笑いしてしまった。そこへ来ると私はぼやぼやしている人でいいのかも、と思える。(p122)

・「どうせ会社がつぶれるんだったら休んでおけばよかったというサラリーマンの叫び。昔に比べたら変わっていきつつある。図太いタイプの人は、「なにごとだ」って怒鳴られても、また休みます。そういう人に社会をほんのちょっとだけ変えてほしい。「帰る」って言ったら、帰っちゃいますからね。つまはじきにされても。」
私に必要なのは、この図太さ!!(p296)

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河合さん、ほんとに今も生きてらしたらな。
こどもをもった今だからこそ聴きたい話がたくさん。
学生のときに、立命館大学で公開講座を聴きに行ったことがあって、
飄々とした、でも温かい語り口を今でも覚えている。
なども、またあらためて読んでみている。

よしもとばななさんの公式サイトのダイアリーも、
時々読みに行ってみると、「そうそう」と共感することばかり。

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