2013年6月4日火曜日

「その日東京駅五時二十五分発」


小学生の頃、「身近な人に戦時中、または戦後の体験を聞いてきましょう」
という宿題が出た。

身近な人といっても短期間のうちに話を聞けるのも、
そんなテーマを気軽に聞けるのも、自分の親しかいなかったので、
昭和23年に生まれた父の話を聞いてみたが、
「モノがなかったが、百姓だったので、食べ物には困らなかった」
「給食がまずかった」
など、こどもが期待するような、「ドラマティック」なネタは出て来なかった。

今考えてみれば、父もこどもだったわけだから、
こどもの領域分しか感じることも、知ることもできなかったはず。
しかも我がふるさとは空襲もなかったし、
もしかすると比較的のんびりとしていたのかもしれない。
むしろ都会の人が、疎開してきていたようなところだったのではないかと思う。
未だにそのあたりの知識が乏しいのは、お恥ずかしい限り。

先生がどういう意図で、この宿題を出したのかはわからないけど、
本気で調べればいろいろとわかること、気づくことは多そうなテーマだ。
こどものやりたいようにさせておくのはもったない。

・身近に聞ける大人がいない。(親や先生、友だちの親、お稽古の先生ぐらいしか大人とふれあわない)
・いても聞き方がわからない。(内気な子なので。。)

でも聞き方がわかったとしても、果たして踏み込んで行けただろうか、とも思う。
祖母は、弟を戦争で亡くしたと言っていた。
納屋で写真の整理をしていたときに知った。
その時の「しーん」とした間と、祖母のなんとも言えない表情を見て、
それ以上、「せんそうたいけん」なんて聞いてはいけないような気がしたのだ。

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話はずいぶん逸れてしまったが、
西川美和さんの「その日東京駅五時二十五分発」という本を読んで、
自分にとっての「戦争」のキーワードや、エピソード、シーンが噴出してきたのだ。
これは西川さんの伯父さんの体験をベースに書かれている小説である。
あの8月の暑さや、垢にまみれた人の匂い、砂埃の舞う道路、
機関車の振動などが、目の前に展開していく。

あの夏。
体験したこともないのに、いろいろな本やマンガや映画や報道番組のせいなのか、
あるいは、実母が広島出身で、義父母が長崎出身だからなのか、
私の中に戦争の記憶はやたらと生々しくある。

終戦の日に、一日中、東京裁判の映像が流れていたのを覚えている。
延々と続く、"Guilty, or Not Guilty?"の音声が耳について今も離れない。

この本は悲惨な戦争体験を描いたものではない。
むしろ、淡々として静かな、夢の中にいるような気持ちにさえなる。
しかし、それぞれの人にとっての「戦争」について考えさせられる何かがある。

そしてまた、あの震災についても。

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【引用】

 「ぼくの知らない土地で、多分生涯会うこともない人たちが、失われていく。それがどうしてこんなにいたたまれないのか、それはぼくにもわからない。
 父の畑を思う。
 雨の日も雲の日も、大事に肥やしてきた土地の上で、手をかけて、やっと太ったトマトやマメが、枝にたわわに実をつけたまま、土ごと焼かれてゆく風景を思う。ひとの暮らしている家や、ひとの育った山や川が、そこにあった時間や、記憶すべて、まるで無意味なものかのように、存在自体を無用と断定するように、生きたまま根こそぎ滅ぼされていくのは、たまらない。たまらないのだ。このぼくだって。」
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