2013年7月7日日曜日

「大人の友情」



かるたサークルを主宰しています。
きょうは3ヶ月に一度の活動日で、
「ああ、大人の友だちっていいな」とあらためて思いました。
それぞれに仕事や家事や育児(いずれ介護も)があったり、
それぞれに問題を抱えたり、悩んだりしているわけだけど、
かるたで真剣勝負することで、頭や体の違うところを使うことで、
スッキリして、終わった後はごはん食べながらいっぱい話して、
またそれぞれの日常に帰っていく。

そんなことを、ほそぼそと1年半ほど続けています。


そんな私ですが、
「大人にとっての友人、友情ってなんだろうなぁ」
とここ数年考え続けています。
図書館でぶらぶらしていたら、
河合隼雄さんのドンピシャな本があったので読んでみました。

(引用)-----
「私はかつて、ユング派の分析家、アドルフ・グッゲンビュールの『友情』についての講義を聞いたときのことを思い出す。そのとき、彼は若いときに自分の祖父に『友情』について尋ねてみたら、祖父は、友人とは、『夜中の十二時に、自動車のトランクに死体をいれて持ってきて、どうしようかと言ったとき、黙って話に乗ってくれる人だ』と答えた、というエピソードを披露してくれた。」
(引用)------

ここで、「かくまってくれる」のではなく、「黙って」「話に乗ってくれる」のが、
深い信頼関係で結ばれていることを表している、と。
なるほど。。
相当な友情だけれど、ここまでの思いを人に対して抱いているか、というと
もうそれは1人とか2人とかの顔しか浮かばない。
「究極の友人」と言えるかもしれない。

この他にも、
 −友だちが欲しい
 −友情を支えるもの
 −男女間に友情は成立するか
 −友人の出世を喜べるか
 −友人の死
 −「つきあい」は難しい
 −碁がたき・ポンユー
 −裏切り
 −友情と同性愛
 −茶呑み友だち
 −友情と贈りもの
 −境界を超える友情
といった目次の、ひとつひとつがそれだけで対話の場が何回でも開けるような、テーマになっている。

碁がたき・ポンユーでは、ゲームや勝負の中で友情が育まれるプロセスなどが書かれていて、かるたサークルでやっていることの意味づけがされて、あらためてやってきてよかったと思った。


河合さんの書きぶりは分かりやすく、優しさと誠実さと共感に満ちていて、
どの本を読んでいても、とても心地がよい。

(引用)------
「文章は読みやすいと思うし、手軽に読めるので電車のなかなどで読んでいただくといいが、軽いなかに急に重いことや苦いことが突出してくるのを感じられることだろう。これは『友情』というものがもつ性質のためであって仕方のないことである。そんなところでは、ときどき読むのをやめて一思案して下さると有難い。」
(引用)------

こんなふうに。


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