2013年7月14日日曜日

Just listen to me, instead of saying "Take it easy" or "You're too serious"...

ここ数日、ごく少数の信頼できる人たちとの、
あたたかで誠実な、言語による対話/非言語による心の交流を通じて、
大きな気づきが、いくつもありました。

そのうちのひとつ。


私は、これまで落ち込んでいる人を励まそうとするとき、
「がんばりすぎ!」
「あなたって真面目なのよ!」
「もっと気楽に!」
と声をかけることがありました。

それに加え、
「その真面目さが、自分で自分を辛くしているんだよ」
「ほどほどにすることも学ばないと」
「あなたはこういう傾向にあるから、
 こういう風に振る舞うと、今よりもっとよいあなたになれるはず」
「私にも経験があるけど、そういう考えはいずれこういう状況を引き起こす」
などの言葉も添えていたこともありました。

しかし、それはほんとうに相手のためになっていたのだろうか。
今、逆の立場になってみて、疑問がわくのです。

「もっと気楽に!」という「励まし」は、
逆に、今のその人を否定していることになるのではないか。


「その真面目さが、自分で自分を辛くしているのよ」
「ほどほどにすることも学ばないと」
という分析やアドバイス。
相手に対する愛情や思いやりや貢献だと信じ、
良かれと思って、何も考えず発していたように思います。

しかし、自己と向き合い、内面に迷いや葛藤を抱え、
「心の旅」の最中にある人にとって、
それらの言葉は、残念ながら何の意味も持たないか、
しばしば心を深く傷つける暴力的な言葉、呪いの言葉にもなり得ます。

相手は、ほんとうにそんな言葉がほしいだろうか?
自分を否定するような言葉を、あなたから受け取りたいだろうか?
自分が、大切にしている/してきたことを、
「あなたのために」と言いながら、否定されたいだろうか?


たぶんこれらの言葉は、聴き手が安心したいがために
発している言葉なのだと思います。
目の前にいる、迷いや葛藤に揺れている人、
ネガティブな感情に打ちのめされている人、
しんどそうにしている人に対して湧く不安な気持ちが、
自然とそう発言させるのかもしれません。
そのために、相手に「気楽にね!(私は、あなたに気楽な人でいてほしい)!」
という自分の願望を伝えてしまうのではないかと思うのです。

もちろん期待をしてもらうことは嬉しいし、
強い言葉に引き上げてもらいたいときもありますが、
ほんとうにしんどいときは、願望は受け止めるのがしんどい。


自分が、大切にしている/してきたことがなんなのか、
そこを丁寧に聴いてもらいたい。
「あなたが、〜ということを大切にしていると感じた」
と聴き取ったことを、感じたままに、言葉にして贈る......
ただそれだけのことが、ものすごくパワフルなギフトになる。
ほんとうに相手の役に立つことができる。

解決策は、結局はその人の中からしか出て来ない。
それが出てきやすいように、ただ「共に居る」「聴く」(時に「触れる」)。
人が人に対して役に立てることなんて、
もしかしたらそのぐらいなのかもしれません。

解決への道のりを摸索する姿を見守っているのは、時に歯がゆいかもしれない。
自分の持っている解を、相手にも持ってもらいたくなるかもしれない。
でも、私はあなたではないし、あなたは私ではない。


相手に対して伝えたい思いがあるのなら、
願望ではなく、「祈り」を込めて、目の前の「その人」に対して、
自分がほんとうにしてあげたいと思うことを、
誠実に伝えればよいと思うのです。

例えば、
「あなたが抱えている難しさを、
 完全には理解することはできないかもしれないけれど、
 少しでも近づきたいから話してほしい」
「一人になりたい時があったら、いつでもここに来て考え事をしていてもいい」
「一緒にごはんを食べることで、ホッとできるなら、ぜひそうしよう」
「やりたいことがわからないなら、わかるまで付き合うよ。一緒に考えよう」
とか。
(実際に言われて嬉しかったことですが)


わからなければ聴いてみてもいいですよね。
「あなたが自分らしくあると感じるのはどんなとき?
 今は自分らしくあると感じるために、私にできることは何だろうね?」


ほんとうに自分が相手に対して共感をもって聴いたという実感がある上でなら、
「あなたはこういう傾向にあるから、
 こういう風に振る舞うと、今よりもっとよいあなたになれるはず」
という言葉も、その人と自分の関係性において伝えるべきかどうか、
わかるはずなのです。

私はこれまで、「聴く」ということが苦手で、
ついつい自分の考えをはさみたくなってしまっていたのですが、
これは相手の話に自分を重ねてしまっていたのだと思います。
共感はするけれど、同調してはいけない、ということなのでしょう。


まとまらないのですが、「気楽に!」という代わりに
心を傾けて、最大の誠実さをもって
私の話を聴いてくれた人たちに、心から感謝をしています。


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